社長語録

「思いは実現する」の講演を拝聴して(2015年12月21日)

 12月11日に開催した高知県橋梁会の研修会で、久保博道氏に「思いは実現する」と題して講演をしていただいた。

 久保氏は、東京都立大学土木工学科を卒業と同時に高知県に入られ、土木部道路課長、観光振興部長を経て今年の4月に高知県議会議員選挙に当選。現在、県会議員として精力的に活動されている。

講演では、以下のことを話された。

 

①大学で土木を選んだのは、物理学好きで、橋梁の構造解析をしたかったから。平成21年に知事に突然呼ばれ、観光振興部に行って欲しいと言われた。

②定年退職までラスト一年になったとき、外郭団体へ再就職する選択肢もあった。しかし、母親から「世の中のためになる人になりなさい」とずっと言われ続けてきたことが頭にあり、県会議員選挙への出馬を決断した。

③応援すると約束してくれていた人々も、「ジバン」と「カバン」がないことが分かると、サッと引いていった。寂しい思いをしていたとき、あるコンサルタントの朝礼に呼ばれとても嬉しかった。選挙を応援してくれたのは土木部時代の仲間たちであった。

④冬の寒い日の辻立ちは厳しかったが、「心の中で、もっと寒くなれ」と叫んでいた。寒いほど頑張っている姿が人々の印象に残るからである。

⑤私の夢は、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会開閉会によさこい鳴子踊りを参加させること、高知城を国宝化させること。

⑥継続した不断の努力を続けていると夢は必ず叶う。リスクを恐れることはない。

 

 久保氏とは土木部時代からお付き合いさせていただいている。最近では、フェイスブック友だちになっている。マメに写真をアップされているので日々の努力がよくわかる。

 月曜日、水曜日、土曜日の朝は、天候に関係なく辻立ちをされている。県議会の準備、視察旅行、そして、ほぼ毎晩いろいろな企業や団体などの会合や懇親会に出席されている。深夜にはネット英会話をされている。その合間にトライアスロン出場のための水泳、ランニング、バイクのトレーニング、ダンス、読書など休む暇なく超人的に行動されている。

 

 そこまで頑張ることがなぜできるのか、少し分かったような気がする。「東京オリンピックで鳴子踊りを世界中の人に見てもらう」「高知城を国宝する」という大きな夢を持っている。多くの人々が賛同してくれるような夢を、情熱を持って熱く語っていると、周りの人々が期待し、応援してくれる。期待されるとそれに応えなければという気持ちになり、全力投球せざるを得なくなるのだろう。

「大きな夢を抱き、人並み以上の努力を続ける」。成功の条件である。

高知工業高校が橋梁模型コンテストで最優秀賞(2015年12月8日)

 平成27年11月14日に神戸市土木の学校が主催する「橋の博物館」で『橋梁模型コンテスト~世界一の吊橋「明石海峡大橋」をバックに!!~』があった。京都大学など関西4大学と関西と四国の高校による15チームが出場した。最優秀賞には高知工業高校定時制、優秀賞には高知工業高校全日制が選ばれた。

 高知工業高校の山岡稔幸教諭が率いる定時制チームは、昨年の9月12日に大阪大学で開催された土木学会主催の橋梁模型コンテストで最優秀賞に輝いている。この時は、ピーエス三菱など橋梁メーカー3社、長大など日本の大手建設コンサルタント8社、阪神高速道路など旧公団関係4企業、京都大学など9大学の大手企業や名門大学のチームが出場する全国大会である。

 四国では、高知工業高校が中心となり平成19年より毎年「高校設計橋梁模型コンテスト」を開催している。このコンテストには高知県橋梁会も協賛し審査員を務めており、技術レベルが毎年確実に上がっていることを実感しているが、高知工業高校の快挙はこの成果であることは間違いない。

 公共事業の設計業務委託は。その契約方式が価格競争から技術競争へと移りつつある中で、地方のコンサルタントでは競争に勝のは無理と悲観的になりがちであるが、高い志をもって努力を続ければ中央の大手コンサルタントに勝てること教えて貰ったような気がする。

岩盤崩壊の予知(2015年11月20日)

 11月18日、東京の地盤工学会大会議室で、講習会「落石対策工の設計法と計算例」があった。著者の一人である上野将司氏の講演は、「落石事例と落石調査」と題するものであった。

その中に、北海道第二白糸トンネルの岩盤崩壊現場で、二次崩壊の危険性を調査していた時の話があった。

 ときどき小石が斜面から落ちるのを見ていて、落石の累積数を時間軸にプロットすれば岩盤崩壊を予知できるのではないかと考えたそうである。数え始めてから2日目に急に落石の頻度が増え始め、その1時間32分後に崩壊が起きたのである。

 現場には数百人がいたが、落石から岩盤崩壊を予知する方法を発見したのは、上野氏だけである。この話を聞いて、ニュートンの万有引力を思い出した。木からリンゴが落ちるのは誰でも知っている。しかし、リンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したのはニュートンだけである。

 常に問題意識を持ち続け、もっと良い方法はないかと考え、そして試行を重ねるから偉大な発見ができるのであろう。

 ちなみに、上野氏はわが国の地形・地質学の第一人者である。69歳になった今でも、地すべり危険などで高度な判断が求められることがあると、全国から指名がかかり調査に出向いておられる。

松山市二番町の居酒屋(2015年11月15日)

 松山市二番町にある居酒屋「夢とありがとう」で安見ご夫妻と食事をした。驚くことや勉強になることがたくさんあった。

 まずは店員の感じがとてもよいこと。よく教育されている。いずれも愛媛大学の学生アルバイト。

 次に驚いたのは、テーブルに置かれた手書きのメッセージ。安見さんへの感謝の言葉が書かれていた。

 3つ目は「お通し」。キャベツとキュウリのぶった切り。新鮮なので味噌をつけて食べるととても美味しい。この店と契約した安見さんら農家が直接店に卸している。

 4つ目は、野菜の仕入れの方法。スマホのラインで店と農家が連絡を取り合っている。

 5つ目は店の随所に客に対する気配りが感じられた。トイレの棚に「太田胃散」が置かれていた。

 安見さんお勧めは美豊卵を使用した卵焼き、鶏の炭焼き、卵かけご飯。これも美味しかった。

 店長は24歳の尾形俊輔さん。勉強のため高松から来ている。店の経営理念は「食と人で街を元気に」。「居酒屋甲子園」に出場し、中・四国で一番になっている。審査員がお忍びで来店し、「料理」「接客態度」「店の雰囲気」を評価して決められる。「ダイヤモンドダイニングの松村厚久社長が熱狂宣言という本を書かれているが知っていますか」と質問すると、その本を持ってきて「現在3回目を読んでいる」と話された。

 店のオーナーは、秋川俊光氏。東京の居酒屋「てっぺん」で4年半修行し、地元松山で店を開店。ホームページには、「志事する仲間」として下記の言葉が書かれている。

① 感謝の思いを大切にし、自ら成長を続けていく人

② 夢を叶えるために、諦めず本気で仲間を応援する人

③ 当たり前のことを、自信を持ってできる人

④ ピンチをチャンスと捉え、笑顔で明るく前向きな人

⑤ 否定的な言葉を口にしない人

⑥ なぜ、どうしてするかを明確にできる人

 店に入ったのは18時。22時30分の閉店までが短かった。

大村智著「人生に美を添えて」を読んで (2015年10月18日)

 ノーベル医学生理学賞を受賞した大村敏氏の著書「人生に美を添えて」を読んだ。この本は、月刊誌「美術の窓」に「アートと世界」と題して連載した記事をまとめたものである。大村氏と交誼があった多くの陶芸家や画家たち、その作品にまつわる話が紹介されている。美術に関する素養や知識のない私には馴染まないと思ったが、いつの間にか引き込まれ、あっという間に読み終えていた。

 

 大村氏は、化学物質に関する研究で莫大なパテント料を得ている。その大金で美術品を収集したと想像していた。実際には、大村氏の人間的な魅力が多くのアーチストと優れた作品を引き寄せたことを理解できた。

 

 本の中に、難航していた絵を手に入れたエピソードが述べられている。大村氏が成功した秘訣がこの中にあるように思えた。エピソードを要約して紹介する。

 亀高文子さんの絵が好きで探していたとき、北里大学に亀高素吉さんという学生がいて、当時、私が務めていた所長室によく出入りしていた。名字が同じなので、親戚か何か伝手(つて)はないだろうかと訊ねたところ、「私のお袋だ」と言われて本当に驚いた。早速、どうしても亀高文子さんの絵が欲しいと話したら、手元にはないけど任せておいてくださいと軽く受けてくれた。1ヶ月して、寄付した美術館に絵を返して欲しいと電話したが、どの美術館にも皆断れたから無理ですと言ってきた。私は、そんなことを言わないで、家の押し入れなどを探せば、きっとあります。などと言ったら本当に押し入れから出てきた。

 

 大村氏は、欲しいと思った作品に偶然出会い入手する経験を何度も繰り返されている。そのことに関して、「求めていなければ、授からない。だから、いつでも求めていなければならない。自分にだけ授かるものが、どこかにある」(華道家・勅使河原蒼風)という言葉を紹介している。

 

 教育者・森信三先生の「人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず」と同じだと思った。

 

※亀高素吉

神戸製鋼所の会長を辞めてから北里大学薬学部に入学し、10年以上かけて大学院博士課程を終え、82歳で薬学博士号を取得。博士論文は、「目の水晶体の中の様子をカメラで撮影できる装置の開発」。この研究で糖尿病性の白内障かどうか、治るかどうかを調べられるようになった。

社屋新築落成祝賀会あいさつ (2015/09/19)


第一コンサルタンツの社長をしている右城でございます。 

本日は、ご多忙の中、落成式にご出席を賜り、誠にありがとうございます。

 

第一コンサルタンツでは 東日本大震災をきっかけに、社屋移転を決め準備を進めて参りました。このたび、「高知市介良」に新社屋を落成することができました。


建設に当たりましては、株式会社岸之上工務店様、株式会社富士建設工業様をはじめ、たくさんの方々にお世話になりました。

また、愛媛大学の矢田部先生、高知大学の原先生、高知工科大学の甲斐先生、徳島大学の上月先生には、建築に先立ち貴重なアドバイスをいただきました。

新社屋は、私たちの長年の夢でした。立派な社屋ができ、社員一同感激しています。皆様に心から感謝申し上げます。


以前の社屋は手狭になっていました。会議室やトイレ、駐車場が少なく、社員やお客様に不便をおかけしており、何とか広い場所に移りたいと考えていました。

また、新築するなら若い人がこんな会社で働きたいと思うような洒落たものにしたいと考えていました。


そんなときに、あの東日本大震災が起こりました。地震の3ヶ月後に、高野光二郎先生が「宮城県を元気にする高知応援隊」をつくりましたので、それにわが社の社員14名も加えていただき、現地へ参りました。

津波による被災状況を目(ま)の当たりにして、移転を決意しました。


移転すると言っても、建築資資金の目途も土地のあてもありませんでした。しかし、ここにお集まりいただいた皆様から絶大なご支援・ご協力をいただき、そして社員が一丸となってがむしゃらに働いてくれたお蔭で、夢を叶えることができました。

皆様とこのように盛大に落成を祝うことができ感無量でございます。厚く御礼申し上げます。


午前中、社屋を見ていただきましたが、南海トラフ巨大地震に備え、公共の避難所と同等の耐震強度を持たせた構造にしてあります。また、自家発電装置、防災井戸、そして防災教育のための研修室なども備えています。


私たちは、「地震から高知を守る」「高知のインフラを守る」「高知のコミュニティーを守る」をスローガンに掲げ、郷土の発展に取り組んでいます。

また、社業を発展させて雇用を増やすことで、高知の宝である若者の県外転出を少しでも食い止めたいと考えています。


本日の落成式を機に、社員一同さらなる精進を重ねて参る所存でございます。何卒、これまで同様に皆様のご指導、ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願いを申し上げます。

最後になりましたが、ご列席いただきました皆様に重ねて感謝申し上げまして、私の挨拶と致します。本日は誠にありがとうございました。


新社屋での業務開始にあたって  (2015/09/14)

皆さん、お早うございます。

第一コンサルタンツの社旗と国旗が秋空に舞うのを見て感激しました。

いよいよ今日からこの地で仕事が始まります。心を新に頑張りましょう。

フォークデュオの「OTOGI」に頼んで、わが社の経営理念を「ガードレール」という社歌にしてもらいました。毎朝、始業前にこの歌がスピーカーから流します。

日本一に向けての第一歩を踏み出しました。みなさん、よろしくお願いします。

 

ガードレール

 

         作詞 河村泉兵衛/作曲 金子裕則


君の志は何ですか?

それは、故郷(ふるさと)を守る事

君の志しは何ですか?

それは、家族を守る事

君の志しは何ですか?

それは、暮らしを守る事

ボク達は貴方のガードレール 

日々の暮らし守ります


故郷の山や川、町の暮らしは今日も元気ですか?

明るい笑顔に笑い声、

活気あるエネルギーを感じますか?

大丈夫!心配しないで!ボク達がついている!

明日はきっと、今日よりも、

夢と希望に満ちている


セーフティパーフェクト 第一コンサルタンツ


君の志は何ですか?

それは、この国を守る事

君の志しは何ですか?

それは、災害から守る事

君の志しは何ですか?

それは、生活基盤を守る事

ボク達は貴方のガードレール 

日々の安全守ります


大いなる海原に緑の大地が、

今日も元気を運びます

澄み切った空に自由の風

希望に満ちたエネルギーを感じますか?

大丈夫!心配しないで!ボク達がついている!

明日はきっと、今日よりも、

愛と平和に満ちている


セーフティパーフェクト 第一コンサルタンツ

ガードレール.mp3
MP3 オーディオファイル 3.3 MB

2015年2月9日の朝礼での挨拶より


最近、わが社が社会から注目されてきたように感じられます。そのいくつかを紹介いたします。


①昨年の秋、住友生命から取材があり、住友生命経営情報誌「オーナーズ・アイ」の1月号に、トレンド企業としてわが社が2ページにわたって紹介されました。


②2月5日には、わが社の経営方針について読売新聞社から取材がありました。帝国データバンク高知支店泉田支店長が、わが社を推薦してくれたようです。


③2月6日には、共同テレビジョンの取材がありました。これは、中小企業庁が行っている事業の一環です。平成25年度及び平成26年度の「きらり企業セレクション」に選ばれた企業の中から、人材に応じた多様な働き方の実現に取り組む企業や、多様な人材の活用により生産性向上に取り組む企業300社を選び、人材確保に資する企業紹介用の映像制作及び採用活動支援を行うというものです。

中小企業は全国に385万社あります。その中の300社に選ばれたということは、1/13,000の確率です。すごいことです。


わが社が、このように周囲から注目されるようになったかと思うと感慨深いものがあります。社員の皆さんが真摯にコツコツと努力してきた賜であると思います。

しかし、コンサルタントとしての技術力はまだまだです。わが社を応援してくれている人々の期待を裏切ることがないように、これまで以上に社員全員で精進していきましょう。


橋梁模型コンテスト(2014年9月13日)

9月12日,土木学会が主催する橋梁模型コンテストが大阪大学であった。34チームが,学会から支給された材料で規定のサイズに製作した橋梁模型を会場に持ち込み,25キロの荷重を吊した載荷試験が行われ,模型の強度,軽量性,デザイン性,構造の工夫,仕上がり具合が審査された。最優秀賞に輝いたのは,山岡稔幸教諭が率いる高知工業高等学校定時制土木科の國澤謙太君,國澤優太君,中山将君が製作した模型であった。

ピーエス三菱,三井住友建設などの橋梁メーカー3社,長大などの建設コンサルタント8社,阪神高速道路など旧・公団関係4企業,京都大学など9大学の大手企業や有名大学のチームが出場する全国大会である。高知工業高校のチームの橋梁は,すべての面で優れていたが,特に軽量性はダントツで,2位のチームの半分の重さであった。

四国では,高知工業高校が中心となり平成19年より毎年橋梁模型コンテストを実施している。技術の蓄積が,今回の快挙に繋がった。お見事である。

平成26年度 経営方針発表会 開会のあいさつ(2014年7月5日)

今回の経営方針発表会には,日頃大変お世話になっています四国銀行かづらしま支店の芳川支店長様,林税理事務所の林所長様にご出席をいただいております。

 また特別講演には,お二人の先生に,東京からお越しいただきました。元NHK技術研究所所長で,ハイビジョンTVに使用されている超高感度ハープ撮像管を発明された谷岡健吉先生,そしてもうお一人は,関西学院大学丸の内講座で「ファイナンシャルリテラシートレーニング」という講義を担当しておられる松田太一先生です。お二人の詳しい紹介は,後ほどさせていただきます。

土曜日の大変貴重な時間を割いてご出席いただきました,谷岡先生,松田先生,そして芳川支店長様,林所長様に対しまして心よりを感謝申し上げます。

第一コンサルタンツの経営方針発表会は,平成20年度から開催しています。今回が第7回目となります。わが社の受注額は,毎年12億円をずっと維持してきておりましたが,平成16年度から減りだし,平成17年度と平成18年度に2カ年連続で営業損を出しました。本業ではじめて赤字になりました。このままでは,会社は破綻してしまうという危機感がありました。

この難局を乗り越えて発展するには,社員全員が思いを一つにして,一丸となって一つの方向に向けて突き進む以外にないと思いました。そのためには,経営方針を明確にする必要があると考え,会社としての経営目標と経営姿勢,そして全員の行動指針を発表しました。

昨年,わが社は創立50周年を迎えました。受注額17.5億円,営業利益2.6億円という過去最高の成績を上げることができました。皆さんの努力に対して心より感謝申し上げます。

今年は,百年企業に向けての新たな一歩を踏み出す記念すべき年です。今年の秋には,待望の新社屋の工事に着手します。そして,来年の7月頃には,盛大に落成式を挙行する予定です。

今日の経営方針発表会が,わが社が日本一のコンサルタントに飛躍する起爆剤になることを祈念いたしました私の挨拶といたします。

 

堀江貴文の仕事の流儀

堀江貴文著の「ゼロ-なにもない自分に小さなイチを足していく」という単行本が大ブレイクしている。昨年の11月発売からわずか2ヶ月間で30万冊を突破した。ミリオンセラーになるのは間違いなかろう。

書籍の出版を野球の世界に例えるなら、1万部がツーベースヒット、10万部がホームラン。新刊発行点数が年間約78,000冊ある中で、ミリオンセラーとなるのは数冊である。奇跡に等しいといえよう。

 

 

堀江貴文は1996年の4月、東大に籍を置いたまま「有限会社オン・ザ・エッジ」を立ち上げた。1999年の売上げは2.6億円。2000年には11.6億円。毎年、29.2億円、58.9億円、108.2億円と倍々ゲームのように売上げを伸ばしていった。2004年には、社名を「株式会社ライブドア」に変更。近鉄バファローズの買収に乗り出し、2005年にはニッポン放送の筆頭株主になり、フジテレビとの関係を巡って世間を騒がせた。その秋の衆議院選挙に広島六区から出馬し、2万6千票差て惜しくも亀井静香に破れた。とは言え、わずか若干33歳の青年である。

 

その堀江貴文ことホリエモンが、昨年の6月4日に「堀江貴文ミリオンセラープロジェクト」を立ち上げ、これまでブラックボックスであった本の制作課程のすべてをニコニコ動画で公開し、原稿をインターネット「cakes」で連載。それを書籍化したものが「ゼロ」である。2年6ヶ月の実刑判決の刑期満了となった昨年の11月に出版した。

プロジェクトには、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」編集者・柿内芳文、「もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」編集者・加藤貞顕、「16歳の教科書」ライター・古賀史雄、ダイヤモンド社書籍編集局局長・今泉憲志など錚々たるメンバーがいる。

100万部達成には、ドブ板営業が必要ということで、書店での「サイン&握手&ツーショット写真撮影会」を展開する一方、多くの人たちに直接「一歩を踏み出す勇気」を伝えたいと東京、札幌、仙台、大阪、広島、福岡で1000人規模の会場で無料講演ツァーを行っている。

 

単行本「ゼロ」の中には、堀江貴文の「仕事の流儀」が紹介されている。私の印象に残った箇所をピックアップしてみた。仕事を成功に導く上でとても参考になる。

 

会社を起業してから数年間は、私生活のすべてを捨てた。友達とも連絡を取らず、大学に行くことも、飲みに行くこともない。会社にベッドを置いて、毎日のように泊まり込むような生活だ。睡眠時間以外はすべて仕事にあてた。 夜中になって、「サーバーに不具合が出た」と連絡が入ると、データセンターまで駆けつけ、朝まで一人黙々と復旧作業に明け暮れる日々が、3~4年は続いた。365日ずっと臨戦態勢だ。週末だろうと盆や正月だろうと仕事にどっぷりはまっていた。

 

 懲役期間中は「懲罰としての仕事」が課せられる。最初に与えられた仕事は、無地の紙袋をひたすら折っていく作業だった。与えられたノルマは1日50個。担当者から折り方のレクチャーを受け、早速作業を開始する。最初は時間内にノルマを達成するのがギリギリだった。担当者から教えてもらった折り方をゼロベースで見直し、自分なりに創意工夫を凝らしていくと、3日後には79個折ることができた。ペースが上がると単純に楽しいし、うれしい。
仕事の喜びとはこういうことから始まる。もしも、マニュアルどおりの折り方で50枚のノルマをこなすだけだったら、楽しいことなど一つもなかっただろう。いゆわる「与えられた仕事」だ。
自分の頭で仮説を立て、実践し、試行錯誤を繰り返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「つくり出す仕事」に変わっていく。 能動的に取り組むプロセス自体が、「仕事をつくる」ことだ。

 

人は「仕事が好きだから、営業に没頭する」のではない。順番は逆で、「営業に没頭したから、仕事が好きになる」のだ。 仕事が嫌いだと思っている人は、ただの経験不足なのだ。仕事に没頭した経験がない、無我夢中になったことがない、そこまでのめり込んだことがない、それだけの話しだ。

没頭するには、自分でルールつくり、「今日という一日」にギリギリ達成可能なレベルの目標を掲げ、今日の目標達成に向かって無我夢中になること。

「できっこない」という心のフタを外してしまえば「やりたいこと」なんて湯水のように溢れ出てくる。 物事を「できない理由」を考えるのか、「できる理由」から考えるのか、それだけだ。突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、意識の差だ。

 

信用を獲得していくためには、絶対に乗り越えていかなければならないハードルがある。80の力しかないのに100の仕事を引き受け、それを全力で乗り越える。すると次には120の仕事を依頼してもらえるようになる。信用とはそうやって築かれていくものなのだ。人は「ここでいいや」と満足してしまった瞬間、思考停止状態になる。

 「悩む」と「考える」との間には、決定的な違いがある。「悩む」とは問題を複雑にしいく行為。ああでもない、こうでもないと、ひとり悶々とする。人は悩もうと思えばいくらでも悩むことができる。 「考える」とは、物事をシンプルにしていく行為である。複雑に絡み合った糸を解きほぐし、きれいな一本の糸に戻していく。アインシュタインの特殊相対性理論がE=mc2というシンプルな関係式に行き着いたように、簡潔な原理原則まで落とし込んでいく。それが「考える」という行為である。

2014年2月23日

橋梁模型コンテスト

 1月11日、第7回高校生橋梁(きょうりょう)模型コンテストが高知工業高校であった。審査は、模型強度、強度を質量で割って求める軽量指数、デザイン性を総合的に評価する。強度は2回の載荷試験で決める。載荷するのは製作者が事前に申告した荷重である。模型が1分間持ちこたえられれば、その荷重が認定される。最高強度は、一昨年が30キロ,昨年が31キロ、今年は43キロ。先輩の経験が後輩に引き継がれ、創意工夫することで記録が塗り替えられている。

 優勝は強度40キロの京都,伏見工業の南出さんの作品に決まった。アーチ橋であった。接着剤を使用せず部材を接合するという驚くべきアイディアがあった。高知工業の山崎君と吉田君の共同作品は、50キロの荷重にしばらく耐えたが1分間持ちこたえられなかった。49キロでトライすれば大記録を樹立できた可能性がある。残念であった。

 今年の作品は、実務者では思いもよらないユニークなデザイン性に優れた作品があった。若い人は頭が柔軟である。既成観念にとらわれることなく自由な発想ができる。このような若者が力を発揮できる環境を作ってやれば、高知県の将来は明るくなると思った。

  高知新聞「声ひろば」2014.1.18(土) 

プロ意識

 先日、奈良観光をするにあたって、旅行会社に切符の手配をお願いした。

 伊丹空港からはリムジンバスであべの橋へ行き、JR天王寺駅から大和路線で奈良駅に行き、観光した後、JR奈良駅の側にあるホテル日航奈良に宿泊する予定になっていた。

 旅行会社の工程表では、伊丹空港9時20分発あべの橋行きのリムジンバスに乗ることになっていた。ところが、空港で時刻表を見ると5分早い9時15分発となっていた。伊丹空港の場合、あべの橋行きのリムジンバスは、南ターミナルがある11番乗り場を9時15分に発車して、北ターミナルに向かう。旅行会社のは1番乗り場の時刻になっていたのである。

 高知龍馬空港から乗る飛行機はANAで、到着するのは南ターミナルである。危うくバスに乗り遅れるところであった。

 バス会社の時刻表では伊丹空港北ターミナルとあべの橋の間の所要時間は30分となっていたが、乗車したバスの運転手からは40分かかるというアナウンスがあった。予定している天王寺駅発の電車は9時57分である。これでは電車に乗れない。運良く高速道路をスムーズに走れたので9時50分にあべの橋のバス停に着くことができた。ところが、天王寺駅まではかなりの距離がある。しかも立体横断歩道橋を渡らなければならない。電車にはどうにか間に合ったが、トイレに行く時間もなかった。

 飛行機はANAを利用しているのでホテル日航に泊まっても割引などの特典はない。ホテル日航のある場所は、奈良公園から離れており周りに商店が少なく不便である。なぜ、商店街があり奈良公園へも近い近鉄奈良駅のそばにホテルを予約してくれなかったのだろうか。空港から「なんば」に行き、そこから近鉄奈良線で近鉄奈良駅に行く案は考えなかったのだろうかと思った。

 旅行会社は、地理や旅行の知識がないすぶの素人がインターターネットで調べただけの情報を何の照査もすることなく持ってきたとしか思えない。あまりにもお粗末過ぎる。人材不足でずぶの素人に任せたとしても客に渡す前に責任者が確認すべきである。プロとしての意識、誇りがまったく感じられない。

 

 今年はかつて経験したことがないほど仕事量が多い。高知県が発注したコンサルタント関係の業務委託は、10月末時点で昨年同期の2倍である。信じられないことであるが、10月に入って入札辞退や入札不調が相次いで起きている。全国的な傾向である。原因は、安倍政権の誕生で政策が一変したこともあるが、平成10年からずっと続けられてきた公共事業費の削減が大きく影響している。早期退職の斡旋、経験技術者の転職、新規採用の抑制などで土木技術者が減った。全国的に人手不足である。

 わが社も社員だけではとても手が足りない。お付き合いさせていただいている会社やアルバイトなどの力を借りなければ仕事を処理できない。

 最近、「受注倒産」という言葉を耳にした。受注した仕事が処理しきれず契約不履行になったり、外注費などの資金繰りができなくなったり、あるいは発注者の信用を失ったりして倒産するという意味のようである。

 発注者は第一コンサルタンツの技術力やこれまでの実積を評価して仕事をくれている。旅行会社と同じようになってはいけない、発注者の期待を裏切るような仕事をしてはならない。仕事にプロとしての自信と誇りもち、誠意をもって仕事に当たらなければいけないと改めて思った。

(2013.11.20)

神様にほめられる生き方

 11月3日と4日の連休を利用して奈良の世界遺産巡りをしてきた。 春日大社権宮司の岡本彰夫さんが書かれた「日本人だけが知っている神様にほめられる生き方」を読んで行きたくなったのである。

 東大寺、薬師寺、法隆寺、金剛力士像、千手観音菩薩像、阿修羅像などを見た。宮大工や仏師の神業とも思える技術のすごさ、そして職人としての誇りと使命感を感じた。

 その夕方、奈良万葉若草の宿三笠のメニュー偽装を知った。ミシュランガイドにも紹介されているあの高級旅館三笠である。この日の観光コースの最後が若草山頂であり、旅館三笠の横を通って山頂に登った。このような高級旅館に一度泊まってみたいものだと家内と話していただけに余計にショックが大きかった。

 台湾人がよく使う言葉に日本精神がある。「嘘をつかない」「不正なお金は受け取らない」「失敗しても他人のせいにしない」「与えられた仕事に最善を尽くす」を意味している。日本には日本精神がなくなってしまったのだろうか。神様にほめられる生き方は忘れられてしまったのだろうか。他人をだますことはできても自分をだますことはできない。

 高知新聞「声ひろば」2013.11.12(火)

 

逆T型擁壁の土圧計算法

 土木技術者であれば知らない人はいないと思うが、「土木技術」という月刊誌がある。今年、創刊68年を迎えた伝統ある土木専門誌である。「工事の設計ならびに施工にすぐ役立つ」「高遠な学理の検討は学術誌に譲り、現場での教科書を目指す」ことに編集方針が置かれている。

 特集「目からウロコの擁壁設計のすべて」と題する記事を、今年の9月号、11月号、12月号の3回に分けて連載する。9月号は設計法の解説、11月号と12月号は計算例である。計算例はわが社の兵頭学主任と都市開発コンサルタント(株)の岡林弘憲技術次長が執筆している。

 計算例の1つに、下図(a)に示すような小段が着いた嵩上げ盛土abcdのある逆T型擁壁を掲載する。その仮想背面gfに作用する主働土圧の算定法について、わが社の社員と議論した。わが社では、設計にF社のソフトを使用している。このソフトは、仮想背面に作用する土圧合力の作用方向を、図(a)のaeの方向と平行にしている。

 擁壁工指針が対象にしているのは、図(b)のように小段のない嵩上げ盛土か、水平の場合である。図(a)のような盛土形状は対象にしていない。図(a)のような方法で土圧を算定するとすれば、それが正解値に対して誤差が許容される範囲内にあり、しかも土圧が安全側に与えられるということが証明されていなければならない。

 全国的に普及しているソフトであるので、わが社では全面的に信用して実務に適用しているということであったが、正しいことがきちっと検証されていないソフトを使用するのは間違っている。

 擁壁工指針を適用するのであれば、盛土を図(b)のように見なして設計しなければならない。この場合、土圧の作用高は図(a)よりも高くなる。土圧の算定における土くさびの重量も大きくなるため、安全側の設計となる。

 擁壁工指針を執筆した一人から伺った話であるが、擁壁工指針の「試行くさび法」が、図(b)のように台形嵩上げ盛土に適用できるとする根拠は、その計算結果が「改良試行くさび法」による計算結果と近似し、しかも安全側に与えられるという試算結果に基づいている。

したがって、図(a)の土圧を算定する正しい方法は、改良試行くさび法を適用するか、盛土を図(b)のように見なして試行くさび法を適用するかのいずれかとなる。

 ただし、F社の手法で計算した結果が、「改良試行くさび法」による計算結果に近似し、しかも安全側に与えられるということが検証されていれば問題ないことになる。

(2013.9.28記)

安全側の設計

 落石対策に関する調査設計業務を受注し、発注者との初回打合せに向けて、社内で事前協議をしていたときの話である。

 担当者より、

「落石の運動エネルギーの予測にUらの手法を使用する」

という説明があった。

「なぜUらの手法を採用することにしたのか」

と質問すると、

「他のソフトと比較した結果、Uらの手法を採用すると落石の速度が速くなる傾向がある。安全側であるので決めた」

という回答が返ってきた。

 技術者の答弁になっていない。「実験結果や斜面上の痕跡を上手く再現できる」とか、「使用しているアルゴリズムが力学的に合理的である」といった説明をしてくれれば嬉しいのであるが、自分の意見をきちっと述べられる技術者は少ない。「この技術基準に基づいている」「安全側である」と答える技術者が多い。

 それはあまりレベルが高くない一般の実務者に限られるとばかり思っていた。ところが、 最近、驚くべきことを知った。

「地すべり学会誌」Vol.49、No.3、2012に、榎田充哉氏が「斜面防災分野の学術論文に蔓延する不思議な数学」という論説を発表していた。その中の一つに、「強さと力の足し算」の話があり、地すべり対策における安定解析について次のことが紹介されていた。

 『昭和五十年代に地すべり抑止工は「地すべりの抵抗力を増加させる工法」か「地すべりの活動力を低下させる工法」か、という議論が実務者や研究者の中でなされた。前者の「抵抗力を増加させる工法」という概念論はそれ以前から採用されており、安定解析式の分子項に抑止工効果を加算する方法がその当時すでに主流になっていた。後者を提案していた実務者や研究者は数学的(力学的)に正しい方法として後者を提案したが、概念論を優先する勢力が数学を無視する形となった。前者の場合、アンカー工などの抑止工の抑止力は安定解析の分子項に加算され「強さ+力=強さ」という不思議な数学が採用されている。現在の斜面防災関係の技術基準書で前者の式を掲載している基準書と後者の式を掲載している基準書が存在するのはそれぞれの流れを受けたものである』

 さらに驚くべきことが紹介されている。

『平成九年に改訂された、この分野で最も著名な技術基準書の改訂に関する説明書には「抑止工の効果は力学的には分母から引く方法が正しいが、安全側をみて分子に加算する方法を採用した」という趣旨の説明がなされていた』

 理論が間違っていても、安全率が小さく与えられれば許される、という論理がまかり通ることに正直驚かされた。 

人材育成と技術伝承

 技術伝承ということが言われ始めたのは、7~8年前からである。昭和21年から24年に生まれのいわゆる団塊の世代が定年退職を迎える頃からであった。

 企業にとって人材育成が大事なのはいつの時代も変わらないが、深刻な問題になったのは最近である。原因は経済不況にある。

 わが国は、平成10年頃からデフレ不況が続いている。税収が減る一方で高齢化が進み、社会保障費の増加で国の財政は破綻状態にある。そのしわ寄せが公共事業にきている。公共事業の予算は、平成10年から削減し続けられピーク時の1/3まで減少した。建設会社は経営破綻を回避するため、リストラ、雇用停止、賃金カットなどを行ってきた。この結果、企業から若者が消えた。大手や中堅の建設コンサルタントでは、若手技術者が大学、地方自治体に転職する現象に歯止めがかからないようである。

 近年、平穏な状態が続いていたのでいつの間にか、「わが国のインフラ整備は終わった。もう必要な公共事業はない」と思うようになり、挙げ句の果てには「公共事業は無駄」「コンクリートから人へ」と言われるようになっていた。目が覚めたのは2011年の3.11東日本大震災である。日本は災害大国なのである。常に国土を強靱化し続けていかない限り、安全安心な生活を維持していくことはできないのである。以前から「21世紀は災害の世紀、メンテナンスの時代である」と警笛が鳴らされていたにも関わらず、その備えを怠ってきた付けが表面化してきている。

 昨年末の衆議院選挙で「国土強靱化」を政策に掲げた自民党が大勝し、安倍政権が誕生した。24年度末には過去最高規模の大型補正予算が組まれ、橋梁点検・修繕計画、南海トラフ巨大地震対策、道路施設緊急点検などの予算がドッと着いた。数年前とは様変わりし、調査設計の委託業務は処理しきれないほど発注されている。技術者さえいれば仕事は処理できるのであるが、肝心の技術者がいないのである。

 新卒を採用すべく募集をしても応募がない。工業高校や測量専門学校に頼めば何人でも新卒を確保できたのは、一昔前のことである。土木科や測量科への入学希望者が激減し、土木系の生徒数はピーク時の1/3まで減っている。

 先日、わが社の中堅社員たちと食事をしながら座談会をした。その席で係長の一人が、

「会社に入社して10年以上経つが自分の下には新入社員が一人も入っていない」

という発言があった。わが社の受注額も平成20年には平成10年の1/2まで減少したことから、新規採用を抑制していたのである。毎年新しい仲間が入ってくると組織に活気が生まれるが、毎年減ると活力がなくなる。部下がいなければ技術の伝承もできなくなる。

 組織は緩やかであっても成長を続けなければならない。

 私たちが建設コンサルタント会社に就職した頃は、高度経済成長期であった。どこの会社も右肩上がりの成長を続けた時代であった。組織が成長すれば、ことさら意識しなくても人材は育ち技術も伝承ができていた。

 平成25年度は「公共事業復活元年」「メンテナンス元年」である。いよいよ待望の土木の時代が戻ってきた。土木技術は民衆のための技術である。民衆が安全安心で幸せに暮らせる国土を整備するのが土木である。社員一人ひとりが土木という仕事に誇りを持ち、二度と訪れることがないだろう今のチャンスを掴み、人間的にも技術者としても大きく成長されることを期待している。

(2013.9.28記)

人を動かすのは熱い思い

 昨年の7月,坂本龍馬財団(代表理事は森健志郎)が李登輝元総統の快気祝いのために台湾へ行った。そのときのメンバーの中に,九州を中心に活躍しているプロ歌手「OTOGI」の金子裕則と河村泉兵衛がいた。金子氏は宮崎,河村氏は長崎在住。その二人が,なぜ台湾に行くことになったのか,森健志郎氏とどのような関係なのか興味があった。

 7月1日,「OTOGI」のお二人が突然私を訪ねて会社にやってきたので,疑問に思っていたことを尋ねて見た。お二人から次のような説明があった。

 

 昨年は龍馬脱藩から150周年目に当たる。高知県は,龍馬の脱藩を題材にした作詞作曲を私たちに依頼してきた。私たちは一昨年から「RYOMAからの手紙」を作詞作曲して歌っており,この歌がヒットしつつあったからである。

 二人とも高知は初めてになので,作詞作曲のイメージ作りに昨年の1月に河村が,そして3月には金子も河村と一緒に来高した。当然,桂浜の坂本龍馬像を見学し,坂本龍馬記念館の森健志郎館長を表敬訪問した。森館長とはメールでやりとりはしていたが,実際に対面するのは初めてであった。森館長から「台湾の李登輝さんの所へ7月に龍馬財団で行くが,おまんらあも一緒にいかんかよ。」と誘われた。「行きます。私たちをお伴させて下さい」と一つ返事で応えた。

 

 この話を聞き,坂本龍馬,そして「坂本龍馬は私の先生」と言ってはばからない李登輝元総統に対する森館長の熱い思いが,OTOGIの心を一瞬にして動かしたのだと感じた。

 

平成25年度経営方針発表会社長挨拶(2013/07/06)

 今日は,第6回目の経営方針発表会となります。第1回目と第2回目は,4月の入社式と一緒にやっていましたが,第3回目からは7月の第1土曜日と決めて商工会館で開催しています。株主総会が終わり,役員人事が固まってからが良いという判断です。

 第一コンサルタンツにとっては,今年は設立50周年という節目の年です。現在は49歳と7ヶ月です。11月29日の50歳の誕生日には,ホテル日航高知旭ロイヤルで盛大に50周年のお祝いをいたします。そのときは,皆様には家族共々ご出席していただく予定です。

 6月20日に株主総会が無事終わりました。皆様の努力のお陰で,平成24年度は大変よい成績を残すことができました。心から感謝申し上げます。

  創立50周年を迎えた第一コンサルタンツの次なる目標は「100年企業」です。100周年を迎え老舗と呼ばれる会社は0.1%です。しっかりした経営理念を持ち,時代の変化に対応できる経営力と技術力を備えた会社でなければ,100年間も会社を継続させることはできません。

  「100年企業」を目指すといっても,1年1年の積み重ねです。55周年,60周年と着実に前進することが大事です。今日の経営方針発表会では,平成24年度を反省し,平成25年度の目標を決め,社員全員がその目標を何としても達成するのだと固く決意表明していただきたいと思っています。

 本日の経営方針発表会が実り多いものになることを祈念して開会の社長挨拶と致します。

 

[100年企業」を目指した台湾社員旅行

 昨年の11月,「台湾を愛した日本人土木技師八田與一の生涯」の著者である古川勝三先生から,八田與一(はったよいち)の話を伺う機会があった。古川先生とは初対面であったが,時間の経つのを忘れて熱く語られる先生の話に感動し,思わず「先生,私たちを台湾に連れて行って下さい。與一像の前でこの話をして下さい」とお願いした。

 今年,第一コンサルタンツは創立50周年を迎える。記念に社員旅行をしたいという思いと,インフラ整備に携わっている今の仕事に社員一人一人が誇りを持ってもらいたいと考えていた。先生と台湾に行くことでこの2つが叶えられると思えたのである。

 社員旅行は,平成16年のハワイ旅行以来である。久方ぶりの旅行を社長の思いだけで決めることに少し不安はあったが,単なる慰安旅行にはしたくなかった。「100年企業」を目指すためのヒントを探る旅にしたかったし,少しでも社員の連帯感が深まればという望みもあった。 

100年企業を目指した台湾旅行.pdf
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高科大訪問.pdf
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台湾研修旅行.pdf
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会社訪問をしていただいた学生への思い(2013/4/30)

 高知大学大学院のK君が11時に会社訪問に来られた。農学部の原忠先生の研究室で,地盤の常時微動を計測して地盤特性を明らかにする研究をされている。「地元に残って働きたい,大学での研究を生かせる仕事に就きたい」この希望を叶えられそうな会社が我が社であるというのが,訪問の理由ということであった。

 K君のような若者が我が社に入社していただければ,私が理想としている会社を実現させることができる。そう思うと,K君を旧知の同志のように思えて,時間が経つのも忘れて私の思いの丈を熱く語っていた。気がつくと午後の1時半を回っていた。

 最後に,昨年,坂本龍馬財団から出版した「目を覚ませ日本!21世紀の龍馬よ!」という本に「第一コンサルタンツの龍馬になって下さい」というメッセージを添えてプレゼントをさせていただいた。

  わが国は,近い将来南海トラフ巨大地震に見舞われる。首都直下,東海,東南海,南海,日向灘地震が連動し,関東大震災と西日本大震災が10年以内に起きると唱える学者もいる。自分の県を守るのが精一杯である。他県に頼ることはできない。高知県を守ることができるのは,高知県民しかいない。頼りになるのは若者である。

 高知県の貴重な財産である若者が,安心して楽しく働くことができる職場を提供すると共に,高知県の未来を支えられる立派な人材を育成することが企業経営者の最大の責任である。私はそのように考えている。

ついでで行けない高知

 県は,「わざわざ行こう!志国高知へ」というキャッチコピーで観光客の誘致に力を入れている。このキャッチコピーを意識させられる出来事が何度かあった。

 最近,公共事業で使用する技術基準書を執筆されたU氏に,研修会の講師として高知へ来ていただいた。U氏は大手建設コンサルタント会社に勤務しており,仕事で全国を回っておられる。松山や高松には何度も行っているが,高知だけは初めてということであった。

 昨年の3月,日本技術士会の本部長会議が高知であった。「全国で唯一,足を踏み入れたことがない高知に行きたい」という会長の強い希望で会場が決められたのである。同行されていた副会長からも高知は初めてと聞き,驚いた。

 昨年の10月には作家の江上剛氏の講演を聴く機会があった。冒頭の挨拶で,「四国には何度も来ているが高知は初めて」と言われた。

 高知は観光地として魅力がある。しかし,仕事をしていると,観光旅行する時間はなかなかとれない。仕事に行ったついでに観光する以外にないが,大きな企業がない高知を訪れる機会は少ないのだろう。「わざわざ」でなければ,高知には行けないのである。

高知新聞「声ひろば」2013.4.30(火)

若者の雇用問題

 今年,成人式を迎えたのは全国で122万人。最も多かった昭和45年の246万人に対して半数を初めて下回った。

 セイコーホールディングスが新成人に行ったアンケート調査で,自分の将来に不安を感じるか質問したところ,「感じる」「多少は感じる」が90%にのぼり,「就職難・雇用不安」を理由として挙げた人が圧倒的に多かったと報じられていた。

 リクルートワークス研究所の調査によると,民間企業への就職を希望する大卒者は,近年は毎年45万人で横ばい状態にある。しかし,求人数は平成20年に93万人(求人倍率2.14倍)であったものが平成25年には55万人(求人倍率1.27倍)まで落ち込んでいる。

 建設業は現在人手不足である。東日本大震災の復旧復興,南海トラフ巨大地震対策などで公共事業が大幅に増えているためである。調査測量設計を行うわれわれの業界では,昨年から猫の手も借りたいほど多忙である。働く意欲のある若者は,国民が安全安心に暮らすことができる「強靱(きょうじん)な国土形成」の仕事に携わっていただきたいものである。

 現在の若者は安定志向が強く,公務員や大企業を志望する人が多い。地方の中小企業でも安心して働ける仕組みを国の施策としてつくることができれば,安倍政権が目標としている雇用拡大とデフレ不況からの脱却が一気に実現すると思う。

高知新聞「声ひろば」2013.1.25(金)

マニュアルについて思う

 わが国では戦後の急速な社会資本整備に伴い,新しい土木技術や工法を次々と開発し,幾多の難工事を克服してきた。そして現場の経験から得られた知見は,技術基準やマニュアルという形で蓄積されてきた。

 私が建設コンサルタント会社に就職したのは昭和46年。当時の道路土工指針は一冊で270ページであった。今は擁壁工指針,カルバート工指針などの九分冊となり,足し合わせると2,800ページになる。便覧や参考資料も加えると4,000ページを超える。設計に必要な知識はことごとく網羅されている。専門的知識に乏しい若い技術者にとっては,とても便利な存在である。マニュアルにのっとって設計をすれば,余分なことを考えなくてよい。会計検査で問題にされることもない。失敗し手戻りとなる恐れも少ない。業務能率を上げるのに最適である。

 近年,公共事業が激減し受注競争が激化する中で,企業は経費削減に力を入れている。それがマニュアル化に拍車をかけ,最近ではマニュアル一辺倒になっているようにさえ感じられる。マニュアル依存症にかかると思考停止状態になる。クリエイティブな仕事はできなくなる。コスト縮減を求めれば,偽装に走るのが関の山である。

 新しい技術の開発や改善には創意工夫が必要である。昔から「失敗は成功のもと」,「失敗は成功の母」と言われるように,創意工夫する智恵は失敗経験がないと生まれない。

【建通新聞「明日へ・四国視点124」2009.4.28】

 

経営者の一人として思うこと

 今,建設関係の企業は,かつて経験したことがない厳しい経営環境に置かれている。体制をスリム化して組織をまもるために,社員を解雇する企業が続出している。解雇を言い渡された社員は,青天のへきれきであるに違いない。誰もが「必要不可欠な人材と思われている」,「期待されている」と信じ,家庭と健康を犠牲に社業の発展に尽力してきたという自負を持っていると思うからである。

 つい最近,建設会社に勤務する二人のベテラン営業マンから聞いた話である。「定年まで勤務する予定でいたが,インターネットで仕事がとれるようになったので営業は必要なくなった,というトップの一言で希望退職に応募した。営業のことが分かっていないトップの下で働く気がしなくなった」ということであった。会社が違う二人の話が偶然にも同じであったので驚いた。

 経営者は万策尽きて,「泣いて馬謖を切る」心境だと思われるが,本当に他に手立てはなかったのだろうか,賃金カットでワークシェアリングを行う選択肢はなかったのだろうか,「貧すれば鈍する」となっていないだろうか,などと考えてしまう。

 トップの最大の役目は,社員とその家族の生活をまもることにあるのではないだろうか。長年にわたり苦楽を共にしてきた仲間を切り捨てて難局を乗り切れたとしても,そのような会社が繁栄できるとは思えない。

【建通新聞「明日へ・四国視点124」2009.4.14】

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社歌【ガードレール】

 作詞:河村泉兵衛

 作曲:金子裕則

 歌唱:OTOGI with 当社社員


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